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福岡地方裁判所 昭和55年(ワ)273号 判決 1982年10月08日

原告 三井物産株式会社

右代表者代表取締役 八尋俊邦

右訴訟代理人弁護士 阿部明男

同 田辺俊明

右田辺俊明訴訟復代理人弁護士 萬年浩雄

被告 株式会社トーメン

右代表者代表取締役 北村恒夫

右訴訟代理人弁護士 大石幸二

右訴訟復代理人弁護士 武藤知之

主文

一  被告が訴外丸善産業株式会社を債務者として別紙目録記載の有体動産に対してなした福岡地方裁判所昭和五四年(執イ)第三三五二号先取特権に基づく有体動産競売申立事件の競売手続は、これを許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、別紙目録記載の動産(以下「本件物件」という。)について、訴外丸善産業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する売買代金債権を被担保債権とする動産売買の先取特権を有するとして、昭和五四年一二月二八日、訴外会社を債務者として福岡地方裁判所執行官に対し、右先取特権に基づき本件物件の競売申立をなし(同裁判所昭和五四年(執イ)第三三五二号先取特権に基づく有体動産競売申立事件)、昭和五五年一月二四日、その競売期日は、同年二月一五日と定められた。

2  譲渡担保による所有権取得

(一) 原告と訴外会社は、昭和五〇年二月一日、次のとおり根譲渡担保契約を締結した。

(1) 訴外会社は、原告に対して負担する現在及び将来の商品代金、手形金、損害金、前受金、借受金その他商品取引上もしくはこれに関連して生ずる一切の債務につき、その弁済を担保するため、訴外会社が左記保管場所に所有保管する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品を、極度額二〇億円の根譲渡担保として、その所有権を内外共に原告に移転し、占有改定の方法による引渡を完了する。

保管場所

(イ) 福岡県粕屋郡志免町大字田富字荒木三四六番地一、同番地二、三四七番地一、同番地二、三四八番地一所在

訴外会社第一倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ロ) 同所三四五番地一、三四四番地一、三四三番地一、三四九番地一所在

訴外会社第二倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ハ) 同所三五三番地一、三五四番地、三五五番地、三五六番地、三五七番地所在

訴外会社第四倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ニ) 同県同郡同町大字田富字八ノ坪三八六番地一、三八五番地、三七九番地一、三八〇番地所在

訴外会社第三倉庫内及び同敷地、ヤード内

(2) 訴外会社が将来右担保物件と同種または類似の物件を製造または取得したときは、原則としてすべて右保管場所に搬入保管し、これらの物件も当然自動的に譲渡担保の目的となることをあらかじめ承諾する。

(二) 原告は、訴外会社に対し、合計額四一億六四一〇万四〇九七円の債権を有している。

(三) 本件物件は、もと被告が所有していたところ、訴外会社が昭和五四年一一月一四日これを被告より買受け、前記保管場所に搬入した。

よって、原告は、所有権に基づき、被告が申立てた前記本件物件の競売手競の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  請求原因2の(三)の事実のうち、本件物件はもと被告が所有していたこと及び訴外会社が昭和五四年一一月一四日これを被告より買受けたことを認め、請求原因2のその余の事実は否認する。

三  被告の主張(本件譲渡担保権の効力について)

1  集合物譲渡担保契約の効力

一般に集合物概念を認めるということは、その限りにおいて有体性の原理を否定することであり、それは、所有権その他の物権における独立的支配の同一性とその支配領域についてこれを客観的標準によって一義的に確定するという特定性の作用を失わせることになる。したがって、集合物を物権の目的とする場合は、有体性に代る特定方法を講ずる必要がある。

本件においては、譲渡担保契約締結後担保権者不知の間に保管場所に納入された商品が当然に譲渡担保の目的となるものではなく、訴外会社から原告に対し譲渡担保物件在り高報告がなされ、暗黙のうちにでも集合物としての特定がなされて初めて、担保目的物となるのである。したがって、昭和五四年九月一八日付譲渡担保在り高報告に記載のある商品については特定性を充足しているが、本件物件はこれには記載がなく、担保目的物たるべき特定性を有していない。

2  集合物譲渡担保の公示方法

占有改定という公示方法は極めて不十分な公示機能しかなく、第三者に不測の損害を与えるおそれがあるから、集合物譲渡担保の対抗要件としては、所在場所である倉庫等の出入口に、表札等による明認方法を施すことを要求すべきである。

しかし、本件譲渡担保には、一片の契約書のほか何らの表札、標識もないから、対抗要件を備えているとはいえない。

四  被告の主張に対する原告の反ばくよ

1  集合物譲渡担保契約の効力

構成部分の変動する集合物についても、目的物の範囲の特定がなされれば、これを譲渡担保の目的となしうるのであり、右にいう目的物の範囲の特定は、担保物の種類、所在場所及び量的範囲の指定の方法による。

本件では、担保目的物の所在場所は「訴外会社の第一ないし第四倉庫内及びそれらの敷地、ヤード内」と指定され、その種類、数量は「右場所に存在する全部の普通丸鋼、異形丸鋼その他の在庫品」として限定されているのであるから、担保目的物の範囲は確定されており、したがって、本件集合物譲渡担保契約は、有効に成立している。

集合物譲渡担保の目的物は、集合物そのものであるから、集合物の同一性がある限り、それを構成する個々の物の変動とは独立に終始一定している。したがって、譲渡担保権者が知らない間に集合物を構成する個々の物の変動があったとしても、集合物自体が譲渡担保に服している結果、集合物の構成部分となった物は当然に譲渡担保に服することになる。すなわち、本件においては、物が訴外会社の前記保管場所に搬入されれば当然に譲渡担保に服するのであり設定者たる訴外会社から譲渡担保権者たる原告に担保物件在り高報告がなされて暗黙のうちに集合物としての特定がなされたり、新たに入荷した物についての占有改定による引渡がなされることは不要である。

2  集合物譲渡担保の公示方法

集合物の譲渡担保の場合においても、その対抗要件は個々の動産の譲渡担保と同様であって、設定者にその占有を留保する形態の場合には、占有改定による引渡にする。そして、一度集合物について一括した占有改定がなされればその後構成部分の変動があっても、変動した動産ごとの新たな対抗要件の具備を要しない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  同2(一)の事実は、《証拠省略》により、いずれもこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  同(二)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(三)  同(三)の事実のうち、本件物件はもと被告が所有していたこと及び訴外会社が昭和五四年一一月一四日これを被告より買受けたことは、当事者間に争いがなく、訴外会社がこれを前記保管場所に搬入したことは、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  しかし、被告は本件譲渡担保権の效力を争うので、この点につき検討する。

1  集合物譲渡担保契約の効力

構成部分の変動する集合動産についても、目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となしうるものと解される。ここに目的物の範囲の特定は、客観的一義的に目的物の範囲が確定される方法をもってなすべきところ、担保物の種類、その所在場所及び量的範囲の指定によってなすことが可能である。ことに、一定の所在場所にある物の全部を担保目的物とするという指定の場合には、それだけで客観的一義的に目的物の範囲が確定されたというを妨げない。前記認定一2(一)のとおり、本件譲渡担保契約はこの方式によるものであり、特定性の要件を満しているというべきである。

もっとも、《証拠省略》によれば、本件三号倉庫には担保目的物に含まれない原告の所有物が担保目的物と合わせて保管されていたことが認められるが、他方で、《証拠省略》によれば、何らかの方法で原告所有物である旨の表示がされていたことが認められるから(直接にペンキがつけられているのか、標識によるものか、そのいずれによるかは確定しえないけれども、この点は結論に影響を及ぼさない。)、客観的に目的物の範囲が確定されているというに、何らの支障もない。

被告は、変動する動産の一個一個について設定者から担保権者への担保物件在り高報告という形でこれを担保目的物に組み入れる旨の合意がなされて初めて、変動物の一個一個が譲渡担保目的物となると主張するが、集合物自体についての譲渡担保を認める趣旨からすれば、個々の物が指定された所在場所に搬入されれば、集合物の構成部分となって、それだけで当然に譲渡担保権の効力が及ぶことになるものと解するのが相当であって、担保物件在り高報告等による格別の合意を要せず、右報告等は目的物特定の手段ではなく、せいぜい在庫確認の手段にすぎないものというべきである。

2  集合物譲渡担保の公示方法

構成部分の変動する集合動産に対する譲渡担保の公示方法は、個々の動産に対する譲渡担保におけると何ら変わるところはなく、目的物の占有を設定者に留保する形態においては、占有改定の方法によることができるものというべきである。この場合、譲渡担保の目的物は集合物それ自体であるから、一度設定契約時に集合物自体について占有改定がなされれば、以後その構成部分に変動があったとしても、集合物としての同一性を占有している以上は、集合物に対する譲渡担保としての対抗力を継続して有していると解されるのであり、個々の物が集合物に組み入れられる度ごとに、その物について新たに占有改定をなすことを要しない。

これに対し、被告は、占有改定は公示方法として極めて不十分であって、第三者に不測の損害を与えるおそれがあるから、集合物譲渡担保の対抗要件としては明認方法を要求すべきであると主張する。なるほど、占有改定が公示方法として現実の引渡や明認方法に比べて不十分であることは否定できないところであるけれども、譲渡担保の公示方法、さらには動産物権変動の公示方法として一般に承認されているところであって、集合物譲渡担保の場合にのみ、特にこれと区別して占有改定以外の公示方法を要求すべき理由はみいだせない

以上を本件についてみるに、前記認定一2(一)のとおり、設定契約時に集合物自体について占有改定がなされているのであるから、その後前記所在場所に搬入されて集合物の構成部分となった本件物件についても、対抗要件が具備されているということができる。

三  してみると、前記認定一2の事実のもとでは、原告は譲渡担保契約に基づき本件物件に対する所有権を取得し、かつ、これを被告に対抗することができる。

他面、民法三三三条にいう引渡には占有改定も含まれるから、被告は同条により本件物件に対する先取特権を行使できず、したがって、本件物件について申立てた先取特権に基づく競売手続は許されない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原曜彦 裁判官 川畑耕平 河野泰義)

<以下省略>

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